映画制作本数

映画制作本数

みなさんは映画は好きですか?私は映画が大好きです。

毎年40本は見ています。見る方法は3種あります。

・映画館で見る

・DVDを借りて見る

・ダウンロードして見る

幼い頃は映画館で映画を見る方法しか無かったと思います。

私が幼稚園の頃「タローとジロー南極物語」という映画がありました。

映画館が満員で座れなかった私の為に2時間の間ずっと肩車して映画を見せてくれました。

動物が大好きだった私の為に父が選んでくれた映画です。

私の1番の思い出の映画になっています。

今では座席が無いなんてほとんどないですよね。

でも昭和60年代はまだ映画館もそれほど整備されていなかったのです。

私が小学生の頃になると「DVD」というものが世の中にでまわって来ました。

たくさんある映画の中から借りられるDVDはたったの数本です。

私も妹もいつも1時間は悩んで借りていたと思います。

そこまで悩んで借りていたのに「見れずに返した映画」もありました。

返す期日に間に合いそうもなくて夜中に慌てて返しに行ったこともあります。

昔はそうやって映画1本1本をもっと大切に見ていたような気がします。

しかし現代は映画で溢れています。

世界の映画制作本数を知っていますか?

世界で映画の制作本数が多いのはインド・ナイジェリア・アメリカ・タイ・韓国・日本・中国だと思います。

一番意外なのはナイジェリアだと思いますがナイジェリアは1年間でなんと

872本の映画を作ったことがあるそうです。

ナイジェリアの映画は2時間ものなのか気になるところです。

1年間の間でこれほどの映画が作られているとなると

毎年たくさんの映画を見たとしても全ての映画をみることは不可能という状況が出てくるくらい

世界ではたくさんの映画が作られているようです。

本当に驚く数字のたくさんの映画が毎年作られていますね。

このような状況では映画1つの出会いをとっても一期一会ということになると思います。

今年もまた興味深い映画がたくさん世の中に出回っています。

最近は3Dや4Dなんかもありますよね。

4Dは日本では知っている人は少ないと思います。

韓国では3年前くらいから劇場で見られるようになったと思います。

4Dは座席が揺れたり臭いが出たりするんですよ。

今宵も何か映画を1本見てリラックスしようと思います。

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正座しなくてよいお寺

何が辛いって、私は本当に正座が苦手です。

ついこの前、リニューアル(という言葉遣いが正しいのかわかりませんが)した菩提寺は新しく建て直した本堂がようやく椅子席になったので、この間の法事のときはずいぶんとほっとしました。

それまでは広い畳敷きの部屋で、座布団はもちろんありますが、これに座っての法要はけっこうきついものがありました。しかも菩提寺のご住職は大変ご熱心な方で、説教というのですか? 法要などの時にお話くださるありがたいお説教が実に長いのですよ。足の悪い人やお年寄り向けに、何やらひらべったい、低い椅子みたいのは用意されていたけど、まさか私がそれに座るわけにもいかないし。

夫の実家のほうのお寺ははやくから椅子だったそうです。

なんでも「前のご住職はそりゃ熱心だったが、息子に変わったらどうもいまいち」だそうで(笑)

たぶんそれは、お姑さんから見た印象の問題でしょうけどね。夫に言わせると「説教も短いし、お金の問題とかもはっきりしていてわかりやすいからやりやすい」そうですから。

前のご住職のときは基本的にすべて「おこころざし」という形で、いったい「志」とは「いくら」なんだと頭を悩ましてましたから。まぁ親戚の中には長老がいて、また檀家として熱心に活動している人もいたりして、その人たちからのアドバイスで何とか義父の葬儀や法要も行えたみたいです。ある意味、普段はあまり接点のない菩提寺って、いざお葬式という段階になってわからないことだらけですよね。

ところで息子のご住職は高級外車を乗り回していて、それが夫にはちょっと「鼻につく」のだそうですよ(笑)

でもその息子さんの代替わりのときにやはりお寺をずいぶんリフォームしたみたいで、空調なんかも快適だし、お寺さんですがなかなかモダンな作りです。

私は結婚した当初に法事があると聞いて、正座が嫌だなぁとヒヤヒヤしてたらきれいな本堂の椅子席で胸をなでおろしました。

正座にはコツがあると昔、祖母から教わったのですが、足の親指を重ねあわせるようにしてもやっぱりしびれるんですよね。

あれも日頃からの訓練なのでしょうか。考えてみればわが家のマンションも和室はありませんし祖父母の家でも和室はあっても普段は使っておらず、子供たちは旅館にでも行かないと正座する機会なんてありません。

お寺さんが椅子席を準備するのも時代の流れというものなのでしょうね。

ま、手をあわせて、故人を偲ぶ気持ちがなにより大切ということでしょう。